中国で「ネズミ人間」と名乗る若者たちが、SNSで大きな話題になっています。
一日中ベッドの上でスマホを触り、出前を取り、ほとんど外にも出ない。そんな生活をあえて動画にして、「これが自分のリアルだ」と発信する人たちです。
日本でも、風呂に入るのを「キャンセル」することを堂々と宣言する「風呂キャンセル界隈」、外出や飲み会、恋愛まで「キャンセル」していく文化がネットで語られるようになってきました。
「なんて怠け者なんだ」と切り捨てるのは簡単です。でも本当にそれだけでしょうか。
背景には、「がんばっても報われない」「働いても未来が見えない」という、かなり重い現実があります。
この記事では、中国の「ネズミ人間」や「専業子供」、日本の「キャンセル界隈」という現象を、できるだけやさしい言葉で整理しながら、「無気力の裏側に何があるのか」「そこからどうやって自分を守るか」を考えていきます。
中国で生まれた「ネズミ人間」という自己紹介

中国のSNSでは、最近「ネズミ人間(鼠人)」という言葉が急速に広がりました。
失業中であったり、低賃金の仕事に疲れ切った若い世代が、自分たちのことをあえて「ネズミ人間」と呼びながら、部屋にこもっている日常を投稿しているのです。
動画の中で映るのは、とてもシンプルな一日です。
昼近くまで布団から出ず、起きてもスマホで動画やゲーム。お腹が空いたらデリバリーアプリでご飯を頼み、食べ終わったらまたベッドでスマホ。気づけば日が暮れて、ほとんど一歩も外に出ないーーそんな生活が「これはこれでいい」として共有されています。
もちろん、こうしたライフスタイルは昔からどこかに存在していたはずです。それが、いまは大っぴらに言葉として名前を与えられ、「ネズミ人間」と自称することで一種の「仲間意識」や「ゆるい抵抗」として広がっているのが特徴です。
「努力してもいい仕事につけない」「家賃も高くて将来の見通しがない」。中国では、経済成長が鈍るなかで若者向けの雇用状況が悪化し、都市部の高い生活費もあって、「どうがんばっても報われない」という感覚を持つ人が増えています。そんな環境の中で、わざと「何もしない自分」を見せることが、一種の諦めであり、同時に「競争から降ります」という静かな宣言にもなっているのです。
「専業子供」という内向きな生き方
中国にはもうひとつ、「専業子供(専業息子・専業娘)」という言葉もあります。
これは、親と同居しながら外で働かず、家事や親の世話を引き受けるかわりに親から「給料」をもらうというライフスタイルを指します。
例えば、中国の福建省に住む30代の女性が、家事全般や親の病院の付き添いなどを担当し、その代わりに親から毎月4000元ほど(日本円で約8万円)を受け取っているというケースが報じられています。
外から見ると「ニートじゃないの?」と思ってしまいがちですが、本人にとっては、
「ブラック企業のような環境で消耗するくらいなら、家の中で役割を持ちながら生活費をもらう方がマシだ」
という、非常に現実的な選択でもあります。
中国では長時間労働や激しい競争文化が当たり前で、心や身体を壊してしまう若者も少なくありません。そんな中で、「専業子供」は、過酷な外部の競争社会から距離を置きつつ、最低限の生活を維持するための一つの「逃げ道」になっています。もちろん、親世代の負担が増えたり、老後資金が減ってしまうリスクもあり、賛否は大きく分かれています。
「ネズミ人間」も「専業子供」も、どちらも個人の怠け心だけでは説明できません。
共通しているのは、「社会のレールに乗っても報われる保証がない」「むしろ心身が壊れるかもしれない」という現実に対して、若者が出した苦し紛れの答えだという点です。
日本の「キャンセル界隈」と広がる無気力感

一方、日本でも、形は違いますが似たような「力が抜けた生き方」が話題になっています。
その一つが「キャンセル界隈」と呼ばれるネット上の文化です。
中でも有名なのが「風呂キャンセル」です。
「今日はもう風呂キャンセルでいいや」と、あえてお風呂に入らない選択を肯定的に共有する動きで、「風呂キャン」と略されて語られることもあります。
実際の調査でも、「風呂に入るのが面倒だと感じたことがある」と答えた人は96.5%にのぼり、20〜50代女性の約2割が「週に1回以上、お風呂に入らない日がある」と回答しています。
理由として多かったのは、「仕事や家事で疲れきっている」「髪を洗って乾かすのが大変」「寒い」「掃除が面倒」など、どれも「心身の余裕のなさ」と深く関わるものです。
お風呂だけではありません。
「外出キャンセル」「飲み会キャンセル」「恋愛キャンセル」「病院キャンセル」など、あらゆる行動を「今日はもうキャンセルでいいや」と言葉にしてしまう空気が、SNSを通じてじわじわ広がっています。
これらは、一見するとただの怠けやわがままに見えるかもしれません。
しかし背景には、「仕事も勉強も、がんばれと言われて育ったのに、給料は上がらない」「非正規雇用で先が見えない」「ニュースを見ても明るい話が少ない」という、将来に対する重い不安があります。世界全体でも、若い世代の幸福感は下がり続けているという調査もあり、日本の若者も例外ではありません。
だからこそ、ネット上で「もう、できない日はやらなくてもいいよね」と言い合うことが、弱音を吐くための安全な場所になっている面もあるのです。
「無気力」は怠けではなく、構造の副作用
ここまで見てきたように、中国の「ネズミ人間」や「専業子供」、日本の「キャンセル界隈」の裏側には、共通した構造があります。
まず、一つ目は「長時間労働と競争の激しさ」です。
中国でも日本でも、都市部では朝から晩まで仕事をしても生活が苦しい人が多く、「がんばる=自分をすり減らすこと」になりがちです。がんばっても賃金はそれほど上がらず、将来の年金や老後資金にも不安が残る。そんな中で、「もう戦いたくない」と感じる人が増えるのは不思議ではありません。
二つ目は、「がんばっても報われない」という経験が続きやすい社会の仕組みです。
たとえば学費ローンを抱えながらアルバイトを掛け持ちし、家計も支えなければいけない大学生は、日本にもたくさんいます。疲れ果てて授業に行けなくなり、ベッドでスマホだけを見て一日が終わるーーそんなエピソードは決して珍しくありません。
三つ目は、「失敗したときにやり直しがききにくい」という感覚です。
一度レールから外れると戻るのが大変で、履歴書の空白期間を恐れて無理に働き続ける。心や身体がおかしくなっても、「ここで辞めたら終わりかもしれない」と思ってしまう。そうやってギリギリの状態まで追い込まれて、最後の最後でプツンと糸が切れた時、「もう全部キャンセルしたい」「何もしたくない」という気持ちが爆発します。
だから、「無気力」は必ずしも「性格の弱さ」や「甘え」ではありません。
むしろ、無理な構造に長くさらされ続けた結果として、心が危険信号を出している可能性があります。これは個人を責めるというより、「そう感じざるをえない社会になっていないか?」と問い直すサインでもあるのです。
「全部やる」か「全部やめる」かの間にある、小さな出口
とはいえ、社会の構造を個人だけで一気に変えることはできません。
だからこそ、「全部がんばる」か「全部あきらめる」かの二択ではなく、その間のグラデーションを自分で作る工夫が大事になってきます。
一つの考え方として、「今日は一つだけ無理をしないことを決める」というルールがあります。
たとえば、
「今日は外出はキャンセルしてもいいけど、洗濯だけはする」
「今日は風呂はキャンセルしてもいいけど、顔だけは洗う」
「今日は仕事で疲れたから自炊はキャンセル、でも冷たい飲み物だけはちゃんと用意する」
といった具合に、全部をあきらめるのではなく、「何を守って、何をサボるか」を自分で選び直すイメージです。
もう一つのコツは、「行動を細かく分けて、小さく区切る」ことです。
部屋の掃除が嫌いなら、「今日は部屋を綺麗にする」のではなく、「今日は机の上の15個だけ片づける」と決めてしまう。15個という数字は、やや面倒だけれど、全く不可能ではないラインです。毎日それだけ続けると、意外なほど部屋が保てるようになり、「自分は何もできない」という感覚も少しずつ和らいでいきます。
また、疲れがひどいときは、思い切って外部のサービスを使うのも一つの手です。
ハウスクリーニングや宅配食、洗濯代行などをスポットで利用して、「自分で全部抱え込まない」ことを体験してみると、「全部自分でやらなきゃ」という固定観念が少しゆるみます。お金はかかりますが、「人生まるごと詰むリスク」を下げるための保険と考えれば、必要な投資になるケースもあります。
大事なのは、「がんばれない自分」を責め続けることではなく、「今の自分でも続けられる最小限の一歩って何だろう?」と考える習慣を持つことです。
ネズミ人間やキャンセル界隈のような生き方に共感する気持ちがあるならなおさら、その内側から、自分なりの「小さな出口」を作っていく視点が役に立ちます。
「無気力」を責める前に見たいもの

中国のネズミ人間、日本のキャンセル界隈。
どちらも、「何もしたくない若者たち」として表面的に切り取られがちです。
しかしその裏には、
・長時間労働と競争で消耗しきった身体
・報われない努力を続けてきた心
・将来への不安と、やり直しの難しさ
といった、かなり重い現実が横たわっています。
だからこそ必要なのは、「もっとがんばれ」と責めるメッセージではなく、「この構造の中で、どうやったら少しでも自分を守れるか」を一緒に考える視点です。
世界的に見ても、若い世代の幸福感は低下しており、「疲れた」「やる気が出ない」と感じる人はあなただけではありません。
もし今、あなたがベッドから起き上がれない日が続いていたとしても、それだけで自分をダメだと決めつける必要はありません。
今日できるのは、「ひとつだけキャンセルしてもいいこと」と、「ひとつだけやってみること」を決めることかもしれません。
その小さな差が、数ヶ月・数年たつと、意外なほど大きな違いになっていきます。
参考にした文献
- 中国の「ネズミ人間(鼠人)」と呼ばれる若者たちの生活実態や背景をまとめた Business Insider Japan の記事。Business Insider Japan
- 中国で増える「専業子供(専業息子・専業娘)」というライフスタイルと、親から給料を受け取る具体例を紹介した中国メディアの記事。人民網
- 日本人の入浴習慣や「風呂に入るのが面倒」と感じる割合、週に1回以上入浴しない人の割合などを示した入浴に関する調査(PR TIMES・LIXILなど)。プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES+1
- 若者のメンタルヘルス悪化や幸福度の低下、将来不安の広がりを扱った国際機関・メディア(世界経済フォーラム World Happiness Report など)の分析記事。世界経済フォーラム+1
