「キレイ」ではなく「気持ち悪い」開会式が増えている?
パリ・オリンピックの開会式や、関西万博の演出に「なんかゾワっとした」「お祝いというより不吉」という違和感を持った人は少なくないと思います。華やかな音楽と照明のなかに、どこか宗教的なモチーフをひねったような場面が出てきて、「これって本当に祝祭なの?」と首をかしげた人もいるはずです。
パリ五輪の開会式では、キリスト教の「最後の晩餐」を思わせるテーブル演出をドラァグクイーンたちでパロディ化したシーンがあり、フランス国内のカトリック団体などから「冒涜だ」と強い批判が出ました。
一方で、制作側は「多様性とインクルージョンを表現したアートだ」と説明し、賛否が真っ二つに割れました。誰かにとっては「解放のアート」であり、別の誰かにとっては「信仰への攻撃」に見えてしまう。ここに、現代の大イベントが抱える緊張が凝縮されています。
こうした演出に、「悪魔崇拝の儀式だ」「サタニズムが世界支配層の趣味だ」という言説がネット上で一気に広がっていくのも、いまの時代らしい現象です。
ただし、ここで大事なのは「気持ち悪さ」を感じることと、「本当にサタニズム儀式が行われている」と断定することの間には、かなり大きな距離がある、ということです。
私たちがやるべきなのは「全部陰謀だ」と思考停止することでも、「全部アートだ」と思考停止することでもなく、その間にあるグレーゾーンを、自分の頭で丁寧に観察することです。
革命と秘密結社――「フリーメイソンが世界を動かしている」の本当とウソ

ヨーロッパの革命史をたどると、必ずと言っていいほど「フリーメイソン」の名前が出てきます。フランス革命期には、革命指導者のなかにメイソンの会員だった人物も確かに存在しました。秘密のロッジに集まり、自由・平等・博愛を掲げて議論していた層が、古い王権や教会の権威を批判する空気を育てた、という意味では、彼らが「一つのネットワーク」として影響を持ったのは事実です。
ただし、「フランス革命はフリーメイソンがすべて裏で計画した」といったストーリーは、歴史研究の世界ではかなり疑問視されています。研究者たちの主流の見方は、「メイソンはあくまで多くの要因の一つであり、革命そのものを完全にコントロールしていた証拠はない」というものです。
同じことは、ウクライナのマイダン革命や、他国の政変にも言えます。アメリカやEU、ロシアなど外部勢力が資金や政治的支援で影響を与えた部分は確かにありますが、「全部ひとつの秘密結社が仕組んだ」という図式まで一気に飛ぶのは、証拠の飛躍です。
それでも人々が「すべてを操る黒幕」をイメージしたくなるのは、世界があまりにも複雑で、誰も全体をコントロールできていない現実の方が、逆に怖いからです。
私たちの脳は「ランダムな混沌」よりも、「悪魔的に賢い支配者」の方が理解しやすい。だからこそ、秘密結社や悪魔崇拝の物語は、いつの時代も消えないのだと思います。
過激な言い方をすれば、「完全な悪の黒幕」を信じるのは、ある意味で気持ちのいい自己防衛でもあります。
「全部あいつらのせいだ」と思えば、世界を変える責任を自分が引き受けなくて済むからです。
サタニズムとは何か――「悪魔崇拝」の実像と陰謀論のズレ
ネット上では「サタニスト=生贄儀式をする狂人」というイメージが広まっていますが、宗教学や宗教社会学の研究では、だいぶ違う絵が描かれています。
たとえば、1966年にアメリカで設立された「チャーチ・オブ・サタン」は、創始者ラヴェイによる“無神論的サタニズム”を掲げています。彼らは超自然的な悪魔そのものを信じているわけではなく、「サタン」を個人主義や欲望、権威への反抗の象徴として使っている、と自ら説明しています。
2013年にできた「サタニック・テンプル」は、さらに政治色の強い団体で、宗教の自由や政教分離をめぐる訴訟・パフォーマンスを繰り返しています。こちらも“神としての悪魔”を信じているのではなく、キリスト教右派へのカウンターとして「サタン」という記号を利用している、と説明しています。
もちろん、世界のどこかに、暴力的な儀式や犯罪行為を「サタンの名のもとに」行うカルトが存在する可能性はゼロではありません。ただし、1980〜90年代にアメリカや欧州で起きた「サタニック・パニック」では、幼稚園や保育園での“悪魔的儀式”が大量に告発されましたが、そのほとんどは決定的証拠がなく、冤罪として後に否定されています。
ここで言いたいのは、「絶対におかしな儀式は存在しない」と言いたいわけでも、「全部陰謀論だ」と切り捨てたいわけでもありません。
ポイントは、「本当に起きている犯罪」と、「象徴や演出に過剰な意味を投影した物語」をきちんと区別することです。
過激な話ほどバズりやすく、SNSでは「生贄」「悪魔崇拝」「エリートの儀式」というワードが一気に拡散します。しかし、その情報源がどこなのか、一次資料はあるのか、誰が得をするストーリーなのかを一度立ち止まって確認しないと、私たちは簡単に「自分で考える力」を奪われてしまいます。
宗教組織・教会・宗教法人――「清らかさ」と「お金」の二枚刃

宗教組織が社会に大きな影響力を持つことは、歴史を見れば明らかです。
教育・福祉・医療などで重要な役割を果たしてきた教会もあれば、一方で政治や戦争に深く関わってきた宗教勢力もあります。
多くの国では、宗教団体は税制上の優遇を受けます。たとえばアメリカでは、教会や宗教団体が非課税の慈善団体(いわゆる501(c)(3))として扱われる仕組みが広く存在し、その財政規模はときに巨額になります。
この「非課税」という仕組みが、純粋な信仰に役立つ面もあれば、資金を集める“ビジネスモデル”として悪用される危険も常にあります。
日本でも、一部の宗教法人をめぐる献金問題や政治との結びつきが大きく報道され、「信仰なのか、ビジネスなのか」「福祉なのか、洗脳なのか」という不信感が高まっています。海外では、カトリック教会の性的虐待問題、テレビ伝道師による寄付の搾取など、宗教とカネのスキャンダルが何度も繰り返されてきました。
ここで、陰謀論が入り込むスキを生み出してしまうのです。
「宗教団体=闇の秘密結社」「全部サタニズム」と短絡するのは乱暴ですが、宗教法人の一部が「透明性の低い資金の受け皿」となってきた歴史があるのも事実です。
だからこそ、本当に必要なのは、「ラベル」ではなく「中身」を見ることです。
・どんな教えなのか
・お金の流れは公開されているか
・批判や内部告発に対する姿勢はどうか
こうした具体的なチェックをせずに、ただ「宗教だから偉い」「宗教だから怪しい」と感情だけで判断してしまうと、結局、怪しい組織のカモになるのは私たち側です。
開会式の「サタニズム演出」をどう受け取るか――象徴リテラシーのすすめ

ここまで見てきたように、
・革命史と秘密結社のイメージ
・現代サタニズムの実像
・宗教組織とお金・権力の二面性
こうした背景を知っていると、パリ五輪や万博の開会式を観るときの見え方が少し変わってきます。
あえて過激に言えば、いまの世界は「象徴の戦争」の真っ只中にあります。
政治家も、企業も、アーティストも、宗教団体も、「どんな記号を使うか」「どんな物語を乗せるか」で人々の感情を動かそうとしているからです。
開会式で宗教画をパロディ化するのは、
・既存の宗教権威への挑発
・多様性やマイノリティを称えるメッセージ
・単なる話題づくりの炎上商法
このすべてが混ざった行為かもしれません。
そこに「悪魔」を見て怒る人もいれば、「古い価値観をぶち壊すカッコよさ」を見る人もいる。
どちらの受け取り方も、ある意味では“利用されている側”です。
大事なのは、次のような問いを自分に返すことです。
- この演出で、一番得をするのは誰か?
- この「ショック映像」を流し続けると、視聴者はどんな気分になるか?
- 自分は今、「怒り」や「不安」で頭がいっぱいになっていないか?
そして、「全部陰謀だから何を見ても無駄」と投げ出すのではなく、「自分はこういう世界観には乗りたくないな」と静かに距離を取ることも、立派な抵抗のひとつです。
最後に、あなたが感じた「気持ち悪さ」は、無視すべきものではありません。
その違和感は、「世界のどこかがおかしいのでは?」という、健全な感受性のサインでもあります。ただし、その感覚を“雑な物語”(全部サタニズム、全部陰謀論)に丸ごと預けてしまうと、せっかくの感性が誰かのプロパガンダに乗っ取られてしまう。
だからこそ、事実を調べ、歴史を知り、象徴の意味を自分で考える。
そのうえで、「これはやっぱりおかしい」と言うなら、それはただの陰謀論ではなく、あなた自身の言葉になります。
参考にした文献
- The Economist や主要紙による、パリ2024開会式「最後の晩餐」風演出へのカトリック団体からの批判報道(冒涜的との声が紹介されているもの)。ウィキペディア
- 近現代ヨーロッパ史・フリーメイソン研究に関する歴史学の議論(フリーメイソンがネットワークとして影響は持ったが、革命全体を“完全に計画した”とする証拠は乏しいとする見解)。ウィキペディア
- 2014年ウクライナ・マイダン革命に関する国際政治研究(米EU・ロシアなど複数の外部勢力が関与したが、「単一の秘密結社による完全な操り」とまでは言えないという分析)。HISTORY
- 宗教学・新宗教研究における、チャーチ・オブ・サタンの位置づけ(1966年創設の無神論的サタニズム、新宗教運動としての分析)。ウィキペディア
- 現代のサタニズム運動としてのサタニック・テンプル(2013年設立の非有神論的宗教団体・政治アクティビズム団体としての紹介)。ウィキペディア
- アメリカの宗教団体に対する税制優遇(教会や宗教団体が501(c)(3)として非課税扱いとなりうる仕組みについての解説)。ウィキペディア
