「かごめ かごめ かごの中の鳥は…」。
子どもの遊び歌としてあまりにも有名なこの歌には、怖い都市伝説や陰謀論めいた話がいくつもくっついています。ただ、民俗学的には「遊びのわらべ歌であり、本当の意味ははっきりしない」というのが基本スタンスです。
一方、今回の動画で紹介されている解読は、とてもスピリチュアル寄りの読み方です。「生命の木」「根の知恵と日の知恵」「封印された巫女のシステム」など、古代の意識構造と日本神話を重ね合わせながら、かごめ歌を“封印された教えの断片”として読み解こうとします。
この記事では、
- 第1章:生命の木と「根の知恵/日の知恵」の世界観
- 第2章:かごめ歌の歌詞を、象徴として読む視点
- 第3章:「封印」「クンダリニー」「名を思い出す」という物語の意味
を整理していきます。あくまで公式な歴史学・民俗学ではなく、一人の解読者によるスピリチュアルな仮説として読む、という前提だけ最初に置いておきます。
生命の木と「根の知恵/日の知恵」という世界観

動画ではまず、かごめ歌を理解する鍵として「生命の木」という概念が提示されます。
西洋のカバラ思想でいう生命の木は、10個の円とそれを結ぶ22本の線からなる図で、神と世界、意識の構造を表す象徴図として使われてきました。
今回の解説では、これを日本的に読み替え、
- 根の知恵:夜/女性性/月/潜在意識。愛・出産・神聖さ・呪術までを含む「深い部分の知恵」。
- 日の知恵:昼/男性性/太陽/顕在意識。論理・行動・社会的役割に関わる「表の知恵」。
という二つの側面として説明します。
古い時代には、この二つが交互に表に立ち、昼は太陽と男性性が前面に出て行動を導き、夜は月と女性性が前に出て、内面や統合へと人々を導いていた、というイメージです。
ここで重要なのは、どちらか一方を悪者にするのではなく、表と裏がセットで一つの生命の木を形づくっているという点です。
- 男性が持つ「方向性・構造・行動力」
- 女性が持つ「受容・直感・つなぐ力」
が本来は補い合う関係にあり、「私はあなた、あなたは私」というレベルまでお互いを理解し合うのが“統合”だ、と語られます。
かごめ歌の歌詞を「象徴」で読む

次に、具体的な歌詞の話に入ります。
代表的な現代の歌詞は、
かごめ かごめ
かごの中の鳥は いついつ出やる
夜明けの晩に
鶴と亀がすべった
後ろの正面だあれ
ですが、江戸時代の文献には「つるつる つっぺった/なべのなべの底ぬけ」といった形で記録された歌もあり、バリエーションが多いことが分かっています。
動画の解読では、これを次のように象徴として読みます:
- 「かごめ」
- 元々は「籠目(かごめ)」=編み目模様や門(かど)を表す言葉とも言われる。
- 解読では、「女性」「亀」「繁栄」「寝室や神殿」という複数の意味を重ねた暗号語とみなす。
- 「籠の中の鳥」
- 神事の中心にいる巫女/内なる魂/封じられた根の知恵、などとして解釈。
- 「鶴と亀」
- 鶴:空・高み・男性性・日の知恵。
- 亀:大地・水・女性性・根の知恵、特に「月の巫女」の象徴。
- 「鍋の底抜け」(古い歌詞)
- 「なべ」が「名(な)」と「べ」を合わせた統合の符号とされ、
- 底が抜ける=「本来つながっていたものが欠けた」「受け止める器が壊れた」状態の暗示と読む。
もちろん、これらは民俗学の定説ではなく、象徴解釈の一例です。民俗学的には、「かがむ」「輪になって遊ぶ」など遊びの動作から語源を説明する説もあります。
重要なのは、「正解の一つ」ではなく、「生命の木という世界観を前提に読んだら、こういう物語としても見える」という読み方だと理解しておくことです。
封印されたクンダリニーと「名を思い出す」というテーマ

動画の後半では、「根の知恵がどのように封印されていったか」という物語が語られます。
- もともと、根の巫女とそのパートナー(音姫)が、生命エネルギー=クンダリニーの力を扱い、人々と神々の間をつないでいた。
- しかし、世界が“分離の時代”に入ると、天(上の世界)の力が強まり、地(根の知恵)が押さえ込まれる。
- クンダリニー(蛇のように描かれる生命エネルギー)は本来「統合」を好むため、分離のエネルギーが強くなった世界では暴走のリスクがある。
- そのため、「遠(とお)を閉じる」「塔を閉じる」という形で、生命の木の一部が意図的に眠らされ、「三段階の都(根底/岩屋/人間界)」が順に閉じられた——という筋立てです。
ここでは、「封印=悪ではなく、暴走を防ぐための一時停止」という見方が示されます。封印そのものも、統合を望んでいる存在であり、**本当に怖いのは封印ではなく、“分離が当たり前だと信じてしまう心”**だ、と語られます。
終盤では、「名(な)を思い出す」というテーマが、
- 『君の名は。』『千と千尋の神隠し』のような物語
- 自分本来の“魂の名前”や使命を忘れてしまうこと
と結びつけられます。
かごめ歌の「夜明けの晩」は、まだ顔がはっきり見えない薄明の時間。そこで鶴と亀(男性性と女性性/日の知恵と根の知恵)が再会するとき、「私はあなた、あなたは私」という感覚で相手を認識し直す。それが“名を取り戻す”ことであり、個人と集合意識の統合の象徴なのだ——というのが、動画のメッセージです。
現代に生きる私たちへの問いかけとしては、
- 自分の中で対立している「表と裏」「男性的な面と女性的な面」をどう和解させるか
- 社会が押しつけてくる物語(こう生きるべき)と、自分の本音の物語の間で、どんな統合点を見つけるか
という形に置き換えることができます。
まとめ
今回の内容は、
- かごめ歌:本来はわらべ歌であり、意味ははっきりしないが、多くの都市伝説や解釈が生まれていること
- 生命の木:カバラ由来の意識図を、日本的な「根の知恵/日の知恵」「男性性/女性性」の物語として読み替えたもの
- 封印と統合:クンダリニーや三つの都の物語を通じて、「分離から統合へ」という心の動きを象徴化した読み方
という三つのレイヤーで構成されていました。
歴史学的・民俗学的に見れば、この解読はあくまで一人の解読者による物語的仮説です。しかし、「表と裏がそろって初めて全体になる」「名前を思い出すことが、自分を取り戻す鍵になる」といったメッセージ自体は、私たちの日常にも応用できる視点です。
今日できる一歩としては、
- 自分の中で「見せている自分」と「心の奥の自分」がどれくらい離れているか
- ふだん何気なく口にしている名前・ニックネーム・呼び名に、どんな“物語”を乗せているか
を静かに眺めてみることかもしれません。
感想
この解読は、史実というより「物語としての日本」として読むと面白いな、と感じました。かごめ歌そのものにここまでの意味が込められていたかどうかは別として、「表と裏」「昼と夜」「男と女」が同じ一本の木の両側にある、というイメージは、今の分断の多い社会を眺めるときにも役に立つ比喩だと思います。
結局のところ、「封印」とは、完全に消し去ることではなく、「まだ扱いきれないから、しばらく預けておく」行為なのかもしれません。かごめ歌をきっかけに、自分の中で“封印したままの部分”と、そっと対話してみるのも悪くないな、と感じました。
参考にした文献
- 国立国会図書館レファレンス「童謡『かごめかごめ』の歴史と作者」/わらべ歌としての位置づけ、作詞・作曲者不詳、文献上の扱い。2025-11-21確認。レファレンス協同データベース
- World Folksong「かごめかごめ 原曲の歌詞 意味と解釈」/江戸期の歌詞バリエーションや「なべなべそこぬけ」との関係、語源の一説。2025-11-21確認。世界の民謡・童謡
- note「かごめかごめの都市伝説に物申す」前後編/1820年頃の歌詞記録(つるつる つっぺった/なべの底抜け)の紹介と都市伝説との距離。2025-11-21確認。note(ノート)+1
- PHP Online「カゴメカゴメ…わらべ歌に隠された古代史の闇に迫る!」/かごめ歌と神事・霊媒儀礼との関連を示す一部研究・仮説の紹介。2025-11-21確認。PHPオンライン
- Wikipedia「生命の樹(旧約聖書)」「生命の木(カバラ)」および解説記事/生命の木がユダヤ教カバラで使われる象徴図であること、10の円と22のパスから構成されることの説明。2025-11-21確認。ウィキペディア+1
