SNSで流れてきた「中国が条約を無効と宣言」の投稿とは何か
今回のテーマは、X(旧Twitter)などで流れてきたという、
「中国がサンフランシスコ平和条約を『違法かつ無効』と宣言した」
「満州も台湾も日本に戻ってきてしまう」
といった内容の投稿です。
この投稿は、驚きや不安をあおるような絵文字や感嘆符を使いながら、
「中国がこんなことを正式に宣言した」「これで日本の領土が戻る(かもしれない)」
というイメージを読者に与えています。
文中には短縮URL(Xのリンク)が貼られていて、「元ネタがどこかにある」ことは示唆されていますが、
投稿だけ読んだ段階では
- 誰が
- いつ
- どんな場で
- 正確には何と言ったのか
が、ほとんど説明されていません。
まず押さえておきたいのは、
この投稿そのものは「一次情報」ではなく、誰かが何かを見聞きして感情を込めて要約した二次情報に過ぎない
という点です。
実際に中国は「違法かつ無効」と言っているのか?

結論から言うと、中国政府(中華人民共和国)は、サンフランシスコ平和条約について「違法で無効だ」と主張しているのは事実です。
中国は1950年代から一貫して、「自分たちは条約の当事国ではなく、サンフランシスコ平和条約や、それを踏まえた対日講和の枠組みを認めない」という立場を取ってきました。
そして最近も、台湾問題をめぐる発言の中で、中国外交部の報道官が
- 「いわゆる『サンフランシスコ平和条約』は、関係国を排除した違法かつ無効な文書だ」
といった表現を繰り返し使っています。
つまり、
- 「中国がサンフランシスコ平和条約を違法かつ無効と呼んでいる」
という一点だけ見れば、投稿の元ネタとなる事実自体は、完全なデマというわけではありません。
ただし、ここから先が重要です。
サンフランシスコ平和条約ってそもそも何の条約?
サンフランシスコ平和条約(Treaty of San Francisco)は、
第二次世界大戦後に日本と連合国(48か国)が結んだ講和条約です。1951年に署名され、1952年に発効しました。
この条約で大きく決まったのは、ざっくり言えば、
- 日本と連合国との戦争状態を正式に終わらせること
- 日本の主権の範囲を定め、日本が持っていたいくつかの地域について
「すべての権利・権原・請求権を放棄する」と宣言すること
です。
条約第2条では、日本は
- 朝鮮
- 台湾(Formosa)と澎湖諸島(Pescadores)
- 千島列島など
に対する「すべての権利を放棄する」としています。
ここでポイントなのは、
「日本が放棄する」と書いてあるが、「放棄したあと、どこの国に帰属するか」を条約が必ずしも明確には書いていない地域もある
という点です。台湾の法的地位をめぐる議論は、まさにこの部分をめぐって、今も国際政治の火種になっています。
「違法かつ無効」という中国の主張が意味していること
では、中国が「条約は違法かつ無効だ」と言うとき、それは何を意味するのでしょうか。
中国側の論理はおおざっぱに言うと、
- 自分たち(中華人民共和国)はこの条約に参加していない
- 戦勝国である自分たちを排除して日本との別個の講和をしたのは、第二次大戦時の宣言などに反する
- だから、その条約を元にした台湾の扱いなどは認めない
といった政治的立場です。新華網+2China Daily+2
こうした主張自体は、1950年代から繰り返し出てきており、
2025年の発言は「突然新しいことを言い出した」というより、
これまでの立場を、より強い言葉であらためて表明したものと見ることができます。
ただし、ここで勘違いしてはいけないのは、
中国が「無効だ」と言った瞬間に、条約そのものが世界的に消えるわけではない
ということです。
サンフランシスコ平和条約は、日本と連合国の間で正式に締結され、70年以上にわたって「戦後秩序」の一部として扱われてきました。
条約の当事国でない第三国が「違法で無効だ」と主張しても、
それだけで国際社会の合意が一夜で書き換わるわけではありません。
「満州と台湾が日本に戻る」という話はどこから来るのか

SNS投稿がセンセーショナルなのは、
「条約が無効なら、満州も台湾も日本に戻ってくる」
と断定している点です。
これは、おそらく
- 日本はサンフランシスコ平和条約で色々な地域の権利を「放棄した」
- その条約が「無効」なら、放棄も無効
- だから元の状態(日本の領土)に「戻る」はずだ
という非常に単純化されたロジックから来ていると考えられます。
しかし、現実の国際法や国際政治は、そんな「引き算の逆計算」のように簡単には動きません。
- 満州(現在の中国東北部)は、戦後長く中国の一部として実効支配され、日本政府も「日本の領土だ」とは主張していません。Reuters+1
- 台湾についても、日本はサンフランシスコ平和条約などを通じて「すべての権利を放棄した」という立場をとっており、「日本に戻るべきだ」と主張しているわけではありません。Reuters+1
- その後には、日華平和条約(日本と中華民国=台湾政府の条約)や、1972年の日中共同声明など、複数の枠組みが積み重なっています。歴史省+1
つまり、「ある条約の有効性」をめぐる議論だけを取り出して、「じゃあ領土が元に戻る」と考えるのは、
現実の歴史と法律を無視した飛躍と言ってよいでしょう。
投稿文そのものの「情報としての弱さ」
元のSNS投稿は、
- 短いセンテンスと感嘆符
- 絵文字で驚きや不安を強調
- くわしい説明はなし
- 短縮URLだけが置いてある
という、かなり「見出し的」「煽り気味」な構造になっています。
具体的には、
- どのレベルの「宣言」なのか(外務省の定例会見なのか、公式声明文なのか)
- 発言したのは誰か(報道官のコメントか、国家主席レベルなのか)
- いつ出されたものなのか
- 実際に使われた表現はどういう言葉なのか
といった情報が、本文の中ではまったく示されていません。
この手の投稿は、受け手の感情を揺さぶるにはとても強力ですが、
単体では「事実を知るための情報」としてはかなり弱いと言えます。
こういう投稿を見たとき、どう向き合えばいいか

この種のセンセーショナルな政治・国際問題の投稿を見たとき、
いきなり感情だけで反応するのではなく、
- 一次情報にたどる
- 中国外交部の公式サイトや会見録
- 日本政府・外務省、内閣官房の公式ページ
- ロイター、共同通信、主要紙などの国際ニュースReuters+2Reuters+2
- 文脈を確認する
- その発言は、どんな質問への答えとして出てきたのか
- 過去にも同じ主張をしているのか、それとも初めてなのか
- 影響範囲を冷静に考える
- それが「単なる政治的メッセージ」なのか
- 条約や法律を実際に変える手続きが伴っているのか
というステップを踏むのが大事です。
今回のケースで言えば、
- 「中国がサンフランシスコ平和条約を違法かつ無効と呼んでいる」こと自体は事実
- しかし、それは昔からの政治的立場の延長線上にあり、
それだけで日本の領土が自動的に「戻る」ような性質のものではない
というところまで整理できれば、
投稿にふり回されて不安になる必要は、かなり小さくなるはずです。
「条約無効=領土が戻る」という単純図式から離れる

ここまで見てきたように、
- SNS投稿:
「中国が条約を違法かつ無効と宣言 → 満州と台湾が日本に戻ってくる」 - 実際:
中国は確かに「違法・無効」と主張しているが、
それは長年の政治的立場の延長であり、
戦後の条約体系や領土問題を一気にひっくり返すものではない
というギャップがあります。
国際法や歴史の世界は、
感情的な投稿が描くような「単純で分かりやすいストーリー」にはなかなかなりません。
だからこそ、
- まずは事実関係と歴史の流れを知る
- どの国も「自分に都合のいい物語」を語りがちだという前提を持つ
- SNSはあくまで「きっかけ」であって、「真実」の全部ではない
という距離感が、とても大事になってきます。
このテーマは、台湾問題や戦後の国際秩序とも深くつながるため、
一度しっかり勉強しようとすると、かなり「沼」な分野です。
今回のSNS投稿は、その入口としては刺激が強めですが、
せっかくなので「不安になるためのネタ」ではなく、
歴史と国際法を学び直すきっかけとして、うまく利用していくのが良さそうです。
参考にした文献
- サンフランシスコ平和条約(1951年)の成立経緯と条文全体(特に第2条の領土条項)ウィキペディア+2国際連合条約集+2
- 戦後台湾の法的地位をめぐる歴史的経緯(1895年の下関条約から、サンフランシスコ平和条約、日華平和条約、現在に至るまで)Reuters+1
- 中華人民共和国によるサンフランシスコ平和条約批判と、「違法・無効」とする立場に関する歴史的・国際法的分析E-International Relations+2ZJapanr+2
- 2025年前後の中国外交部・国営メディアによる、「サンフランシスコ平和条約は違法かつ無効」とする最新コメントや報道CCTV English+3新華網+3China Daily+3
- 台湾問題と第二次世界大戦期の文書(カイロ宣言・ポツダム宣言・サンフランシスコ平和条約など)をめぐる米国・日本・台湾・中国それぞれの解釈と、その対立構図Reuters+2Reuters+2
